企業などの事業者は、雇用する労働者に対して健康診断(以下、健診)を実施しなければなりません。これは法律で課せられた義務になります。
健診の実施は事業者の義務なので、その費用は事業者が負担しなければならず、労働者に負担させることはできません。
では、労働者が健診を受けている時間は労働時間にカウントすべきなのでしょうか。
賃金の支払いはどのようになるのでしょうか。
その答えは「労働時間にカウントしなければならず、賃金を支払わなければならないこともあるが、そうでない場合もある」となります。
ケースバイケースの対応が求められるので、詳しく解説します。
一般健診は労働時間にしたほうがよい、特殊健診は労働時間にしなければならない
健診時間問題については、厚生労働省が見解を示していて以下のとおりです(*1)。
なお「労働時間である」ということは「賃金の支払いは生じる」ということを意味します。
■健診を受ける時間は労働時間か~厚労省の見解
●一般健診は、労働時間にして賃金を支払うことが望ましい
●特殊健診は、労働時間であり賃金の支払いが必要である
語尾の「望ましい」と「必要である」はとても重要で、この2つの健診についての見解がこれほど異なるのは珍しい現象といえるでしょう。
1つずつ解説します。
*1:https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/faq/2.html
一般健診についての見解の解説
一般健診とは、常時使用する労働者を雇用したときに行う雇入れ時健診や、勤務する労働者に対して年1回以上実施しなければならない定期健診などのことです。
いわゆる普通の健診が一般健診です。
一般健診を行う目的は、一般的な健康を確保することです。さらにかみくだいて説明すると「普通に健康に暮らし、普通に働いてもらうために受けてもらう」のが一般健診です。
したがって、業務遂行との直接的な関連で一般健診が行われるわけではない、といえます。
そうなると、一般健診を受ける時間を労働時間とすべきである、と主張しにくくなってしまいます。
ただ、一般健診の実施も事業者の義務である以上、労働者に円滑に受診してもらわなければなりません。そこで厚生労働省は「受診のための時間についての賃金は労使間の協議によって定めるべきものだが、受診に要した時間の賃金を事業者が支払うことが望ましい」という見解を示すことにしました。
ポイントは「労使間の協議」です。つまり事業者側と労働者側が話し合ってルールを決めなさいといっているわけです。
特殊健診についての見解の解説
特殊健診とは、有害な作業を行う労働者に対して実施する健診です。
対象となるのは、有機溶剤、鉛、四アルキル鉛、放射線、特定の化学物質、石綿を扱う業務に携わる労働者と、潜水業務や除染作業に携わる労働者です。
特殊健診の目的は、特殊な業務を遂行する労働者の健康確保にあるので、「当然に実施しなければならない健診」といえます。
そのため厚生労働省は「特殊健康診断の受診に要した時間は労働時間であり、賃金の支払いが必要」としています。
所定労働時間に健診を実施すべきかどうか
所定労働時間とは、事業者が定めた労働者が働く時間のことです。例えばある企業で、労働者には午前9時から午後5時まで働いてもらうと決まれば、それが所定労働時間になります。
所定労働時間は、法定労働時間(1日8時間以下、週40時間以下)を超えない範囲で決めることができます。
つまり所定労働時間は、勤務時間ということができます。
では健康診断は勤務時間内に実施しなければならないのでしょうか。
この問題にも、厚生労働省が見解を示しています(*2)。
■健診は所定労働時間(勤務時間)内に行うべきか~厚労省の見解
●一般健診は、所定労働時間内に行うほうが望ましい
●特殊健診は、所定労働時間内に行わなければならない
*2:https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/yokuaru_goshitsumon/roudouanzeneisei/q7.html
時間外手当(割増賃金)の支払いは必要か
実際の健診では、労働者が通常勤務を終えたあとに病院に行って受けることもあります。もしくは、平日が休日だった場合、その日を利用して病院に行って健診を受けることもあるでしょう。
このように、所定労働時間外に健診を受けることは珍しくありません。
ではこの場合、事業者は労働者に時間外手当(割増賃金)を支払わなければならないのでしょうか。
厚生労働省は、特殊健診についてのみ、「労働者が時間外などに特殊健診を受けたら、割増賃金を支払う必要がある」としています(*2)。
そして、労働者が一般健診を時間外に受けた場合の割増賃金の支払いについては言及していません。
こうしたことから、労働者が一般健診を時間外に受けた場合の割増賃金の支払いについては、労使間が協議して支払うかどうか決める、と解釈できます。
2次健診給付について(労災保険の事業)
厚生労働省の労災保険の制度のなかに、2次健康診断給付(以下、2次健診給付)があります(*3)。
これは、1次健診に該当する定期健診で異常の所見がみつかったときに、1)脳血管と心臓の状態を把握するための2次健診と、2)脳の病気と心臓の病気の発症の予防を図るための特定保健指導を、無料で受診できるものです。
無料とは、事業者も労働者も費用負担する必要がないという意味で、その費用は労災保険制度の予算でまかなわれます。
2次健康診断給付の実施は年1回です。
*3:https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_05927.html
2次健診給付を受けられる条件
2次健診給付が受けられる条件は「定期健診で異常の所見がみつかったとき」で、具体的には次のとおり。
■「定期健診で異常の所見がみつかったとき」とは
●血圧検査、血中脂質検査、血糖検査、腹囲またはBMI(肥満度)の測定の4項目すべてで異常と診断されたとき
●1次健診で上記の異常が認められなかったときでも、産業医が異常の所見を認めれば対象になる
上記のいずれかに該当したとき、労働者は2次健診給付を受けることができます。
2次健診給付の具体的な内容
2種類の2次健診給付の具体的な内容は以下のとおりです。
■脳血管と心臓の状態を把握するための2次健診の検査内容
●空腹時血中脂質検査
●空腹時血糖値検査
●ヘモグロビンA1C検査
●負荷心電図検査または胸部超音波検査(心エコー検査)のいずれか一方
●頸部超音波検査(頸部エコー検査)
●微量アルブミン尿検査
■脳の病気と心臓の病気の発症の予防を図るための特定保健指導
●栄養指導
●運動指導
●生活指導
まとめに代えて~労働者の健康は企業のためになる
ここまでの説明で、次のような疑問が湧くかもしれません。
●そもそもなぜ事業者は、健診を実施して、その費用を負担して、あまつさえ健診を受けている時間にまで賃金を支払って、労働者の健康に関与しなければならないのか
厚生労働省は、事業者が労働者の健康管理を行う理由として次のように説明しています(*4)。
■事業者が労働者の健康管理を行う理由(自己責任で済ませるのではなく)~厚生労働省の見解
●生活習慣病などの病気を早期に発見して早期治療を行うため
●事業者が労働者の健康状態を適切に把握して、保健指導を行うことで生活習慣病の発症や進行の予防を図るため
●健診結果に基づいて必要があるときは、労働者の就業場所の変更や、作業の転換、労働時間の短縮などを行うため
●労働者に対して、必要に応じて精密検査の受診をすすめるため
企業などの事業者の経営の維持、成長、発展は労働者の手にかかっているので、労働者の健康は事業者にとってもプラスに働くはずです。
また、事業者が労働者に課す仕事によって健康が害されることもあります。
事業者が労働者の健康管理を担うのは経済合理性があるといえそうです。
参考にしたサイトのURL
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/faq/2.html
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000103900.pdf
https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/yokuaru_goshitsumon/roudouanzeneisei/q7.html